随分と長命だった小泉政権に変わり、
安倍晋三内閣が発足してもうすぐ2ヶ月が経過しようとしています。
閣僚も大きく変化しましたが、
中でも取り沙汰されたのは竹中平蔵前大臣です。
私は彼は良いタイミング退いたなぁ、と思います。
景気が多少なりとも上向いている時期に、
小泉首相の任期満了での交代に合わせて自然な形で手をひきました。
大臣だけでなく、議員の椅子も手放しています。
有権者に選ばれたことに対する責任問題には言及しませんが、
個人の立場からすれば、彼の出処進退は正解でしょう。
高官が非常に危うい立場にいるのは、歴史を知る者であれば痛いほど良く分かります。
今日は、三国志の中でも特に上手な身の振り方を知っていた賈詡のお話をしましょう。
曹操が後継者問題(曹丕か曹植か)に頭を悩ませていたあるとき、
左右の者に席を外させた上で、賈詡にどうすべきかを諮りました。
しかし、賈詡はただ黙ったままで、質問に答えようとはしません。
曹操は「私が尋ねているのに、どうして黙っているのか」と問うと・・・
賈詡は言いました。
「今、考え事をしていました・・・袁紹と劉表のことです。」
袁紹は、長子の袁譚と末子の袁尚のどちらを後継者に選ぶか迷い、
劉表は、長子の劉琦と弟の劉琮のどちらを後継者に選ぶか悩みました。
どちらも嫡子を後継に選ばず滅んでいたのです。
そこで、この言葉を聞いた曹操は大笑いしたのでした。
その後、兄である曹丕が曹操の後を継ぎました。
ため息が出るほど見事です。見事としか良いようがない受け答えです。
後継者問題は極めてデリケートな問題です。
仮にどちらかに肩入れする発言をすると、
もしそうでない人が後を継いだ場合には、
その地位が保証されないどころか、命さえ危うくなります。
この場合、いくら人払いをしていると言っても、
こっそり誰かに聞かれている可能性は否定できませんから、
滅多なことは口にできません。
そんな状況を認識した上で、
賈詡は自分の見解は一切述べないという姿勢を貫きながらも、
それでも自分の主張したいことははっきりと主張しています。
さらに、主君が100%に自分の判断によって下した決定であることを演出しているのです。
あとで糾弾される可能性はほぼ皆無と言えるでしょう。
多大な功績を残しながら、最後は曹操に疎んじられた荀彧とは対照的に、
賈詡は天寿を全うしています。
位が高くなり権力を持つということは、
それだけ最高権力者の脅威になりうるということです。
あくまでも平穏に生きるためには、
一挙手一投足に気を配り、疑心を抱かせないこと、
罰せられる理由を作らないことが必要です。
自分の身の処し方に長けていたといえば、漢の高祖・劉邦に使えた張良が挙げられます。
陳寿が、賈詡を張良に比したのもそういう訳かもしれません。






2 件のコメント
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私も竹中前大臣はいい時に辞めたと思います。
残っていても非難に曝されただけでしょうから。
鋭い策を使う参謀ほど私生活などは控えめですよね。
賈詡の場合は宛城でのことが負い目となって余計気をつけていたような気もします。
そういえば秦の王翦将軍も見の処し方は巧かったですね。
そのおかげで孫の代まで重用されましたから。
カイ・シデンではないですが臆病なぐらいが丁度いいのかもしれませんね。
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うまく立ち回っていますね。
賈詡は一度曹操に痛い目を合わせていますから、微妙な立場ではあったのでしょう。
あと出処進退で印象的なのは、范雎です。
王翦もそうですが、高官に昇るということがどういうことか、
分かっていることが生死を分けますね。
カイ・シデンですか(笑)
たしかに生きて楽しみを享受するには臆病さは大事ですね。
スレッガー中尉のように華々しく散るのもまた一つの人生だとは思いますが。